恐怖感とは実に無慈悲な感情で、人間の心をあらゆる感動や高尚な感情に麻痺させ冷淡にさせる。
ドストエフスキー「作家の日記」
現代社会は、さまざまな不安や恐れに支配されているといっても過言ではないだろう。その不安を解消することが安堵感に繋がるため、そういった行動そのものが社会発展の原動力足りえると考える向きもあるだろう。
しかし、それではあまりにも愛がない。不足から生まれるのはまた新しい不足であって、本当の充足は生まれない。社会全体の幸福度や安堵感という正のエネルギーが増幅していく世の中に生きていきたいものである。
わざわざ敵を作ることで、自己の存在を確認するというのでは、敵がいなくなれば自己の存在証明がなくなるので、新しい敵を作ることになる。
それと同じで、恐怖と安堵は表裏一体であるわけだが、常に充足を感じながらよりよい充足を得るほうが、精神的にも健全な状態でいられると思うのだがいかがだろうか。
四苦八苦という言葉がある。苦労する様を表す言葉であるが、もともとは仏教用語。
四苦は、生病老死、八苦は愛別離苦(愛するものと別れる苦しみ)、怨憎会苦(憎む者と出会う苦しみ)、求不得苦(求めても得られない苦しみ)、五陰盛苦(心身から盛んに起こる苦しみ)を言う。
これらの苦は、人の執着が生み出すもので、自らの心が作り出した世界の産物であるわけであるが、恐れや不安の根源的な要素となるものは、死への恐れであるだろう。
死はだれにでも平等に起こるもので、死んでしまえばこの世の価値は関係のない世界になってしまう。物質はあの世に持っていくことはできないのだ。
死への恐怖が生じるのは、生への執着があるからであるが、しかし明日死ぬかもしれないから、精一杯今を生きようとする心の態度よりは、人間だれしもいつかは死ぬのだから、今を精一杯生きようとする心の態度のほうが、生に対する執着がない分、健全であるように思う。
恐れや不安に捉われている心を解き放つ為には、執着を手放すということ。
執着しなければ、実はかえって物事はうまく運ぶようになるのである。
社会が恐れや不安の解消を求めるエネルギーで発展するのではなく、あるべき姿へ向かって創造していくエネルギーで発展していくようにしていくことがこれから重要ではないかと思う。
多くの人の心がそう感じてもらえるように、自ら輝き、心を輝かせ、他を輝かせること、これをライトワークという。不安に基づく社会から、創造性と喜びに満ちた社会への変革運動のようなものだ。
今後はライトワークに興味のあるかたとの繋がりも増やしていこうと思う。
